離婚
離婚すると、男が大体悪く言われます。浮気したとか家庭内暴力をしていたとか、子供をいじめていたなどといろんな事を言われます。
しかし、勇気を持って離婚して私は正解でした。最初は強がりもありましたが、我慢を続けていたら病気になっていたと思うくらいに辛い日々が続いてたからそう思います。
信じられなくなったらやはり終わりだと思います。嫁は最初は友達と飲み会と言いながら子供には粗末なご飯を出し始め、回数がどんどん増えていき家に帰らなくなりました。途中で浮気に気づいたが反応しませんでした、多分離婚をもう覚悟していたんだと思います。
やがて離婚の話となった頃、元嫁より『離婚したら子供はうちの両親が育てるから』と言われ耳を疑いました。元嫁は不倫相手と過ごして子供の面倒は親に頼むとの事でした。驚きました。その夜子供の寝顔を見ていたら涙が出てきました。悩みに悩みましたが、子供を引き取り育てることができるか自信がありませんでした。しかし、子共にとって両親共居ないのは非常に悲しい事だと思い長女に聞いたところ、パパと住むとの回答で決心が決まりました。長女はまだ10歳でした。
しかし次女は嫁の実家に非常に懐いて居たので私は引き取る気はありませんでしたが、何故か一緒に来ると言い出しよーく考えろと何度も言ったが答えは変わらずでした。もともと非常に考えの浅い性格だった為、10回位考えさせたが考え変わらず、姉妹を引き離すのも酷なので、引き取る決心をしました。なんとかならなかったら田舎に帰ろう、できるだけ頑張ろう!って感じでシングルファーザーと10歳と7歳の娘達との生活が始まりました。
しかし子育ては甘くなく、会社からも冷たい目で見られて私はそれ以来会社行事にも出席しなく半ば引きこもり状態でした。幸い仕事は技術職でしたので、ある一定期間の工事期間が終わるまでは、自分である程度の自由が利くため、一般の会社員よりは子育てに助かる環境だったと思います。とはいえ、子育ては非常にエネルギーの必要な重労働でしたが、離婚が成立して慰謝料も払わないで済んで良かったです。もう少し私に余裕があったら逆に慰謝料をもらうように考えたでしょうがその頃は早く縁を切りたいと考えてました。何はともあれ子供の健康を考えて病気にならぬように悪いことはしない様にと願いました。
:今後はその子育てでの苦悩、楽しみ、作った料理、息抜きの仕方、反抗期の様子、子供の勉強と進路と就職までの過程等をお伝えしていきたいと思いますが、何しろ文章力が乏しいので読みづらいと思いますが、少しでも同じ境遇の方に参考になればと思い、ボケ防止の為頑張って描き続けたいと思います、よろしくお願いします。